さんかくすわりで書くブログ

勉強したこととか

最近読んでいる本のこと『目的への抵抗』

最近ゲームの話やら役に立つグラブルの編成とかを投稿していたので、何の役にも立たない記事も書きたい。
GBVSRとかグラブルの編成の記事は誰かの参考になればと思って書いてるので、役に立つ記事なのだ(自分の中では)。
ちなみに最近GBVSRはやってない。Sまでは戻したがそこで力尽きた。

先週買った本『目的への抵抗』

先週買った國分功一郎著『目的への抵抗』を読んでいる。

『目的への抵抗―シリーズ哲学講話―』 國分功一郎 | 新潮社

(アフェリエイトとかは無い。いくらクリックしても新潮社のアクセス数が増えるだけなので安心してほしい。)

同じく國分功一郎著の『暇と退屈の倫理学』は数年前に読んだ。
『暇と退屈の倫理学』はとても興味深く、ここ数年自分が考えていることについて多くのヒントや新しい視点をくれた本だった。
『目的への抵抗』の帯には「『暇と退屈の倫理学』がより深化―」とあり興味を惹かれたので買った。
二部構成で、まだ一部の半分も読んでいない。
コロナ禍で行動制限に対して異を唱えた哲学者の話がまだ続いているので本題はまだだと思う。
今のところ思ったことを書いておこうと思う。

思ったことなぐりがき

自由は目的に抵抗する。(『目的への抵抗』p.3)

目的を排した先に得られる自由とはそんなにいいものだろうか。
目的を無くすと 目的が自分を縛っているような感じは確かにする。
でも目的がないと何をしたらいいのかわからなくて途方に暮れる気もする。
オープンワールドのゲームでどうすれば、何すればいいかわからんみたいな。
目的を定めることによって動ける、モチベーションが上がる、ということはあるはず。
人生において「このために生まれたんだ!」みたいな人生の目的がある人をうらやましく思う気持ちもある。
目指すべきところが定まっていて、そのために日々行動している人はとても美しい。
目的がないことはネガティブなイメージがある。
「目的もなく生きている人」と聞くとなんとなく怠惰な印象を受ける。
フロムの『自由からの逃走』を思い出す(ちゃんと読んではない)。

『暇と退屈の倫理学』を読んだのはもう数年前で詳しい話は忘れた。
詳しくは忘れたが確か狩猟民族的な生き方と環世界の話があったはず。
狩猟民族的な生き方は一点に留まらずいろんな場所を転々とする生き方。
そうやっていろんな場所を歩いてみて、目の前のやらないといけないことや楽しいことをやってればいいんじゃない?みたいな感じだった気もする。

目的に「抵抗」と言っているので目的になんらか強制力みたいなものがあるとしていそう。
外から与えられるもの。
それに対して抵抗をするのだと言っている?
外から与えられた目的もあるだろうが、もちろん内から出てくる目的もあるはず。
それは自由と敵対関係(?)なのだろうか。

「自由は目的に抵抗する」の自由と目的の関係性がよくわからん。
主語を入れ替えるとどうなるんだろう。
目的も自由に抵抗するのだろうか。

コロナ禍の行動制限の話が出ている。
移動の自由を制限したもの。
それを容易に受け入れてしまった私たち。
感染症の収束や身近な人を守るという目的のために自由を制限することを許した。
そういう話だろうか。

全く本の内容に関係ないが、帯についている「一生モノの思考力」というフレーズが非常に胡散臭く感じる。